ドイツ連邦軍は、新しい軍用バイクとして、日本のバイクメーカーヤマハの「テネレ700」を採用しました。
なぜドイツ軍は今、この日本製バイクを必要としたのか?そして、軍用仕様のテネレ700はどのような装備なのか。
採用理由や軍のバイク運用・伝令任務の重要性・現代戦の背景を踏まえて解説していきます。
テネレ700採用の概要とオフロードバイクについて
ドイツ軍は、従来の主力だった BMW F 850 GS を置き換えるため、新たにヤマハ テネレ700を約260台調達することを決定しました。

配備先は限定されておらず、オートバイ伝令の「Kradmelder」歩兵部隊、軍警察(Feldjäger)、衛生兵など、多岐にわたります。
特に軍警察仕様には、警察車両で使われる特殊信号装置も搭載される予定です。
オフロードバイクとは?
ここでバイクに詳しくない方もいると思いますので、バイクにも長年乗ってきた経験もあるので、簡単にオフロードバイクというジャンルについて説明します。
まずオフロードバイクを大きく分けると競技用と公道用バイクに別れます。

オフロードバイクの競技はモトクロス、エンデューロ、トライアルなどがあり、それぞれの競技に応じたバイクがあります。
モトクロスバイクは大きなジャンプも飛べるよう固く、頑丈なサスペンションを持つ短距離スプリント競技向けバイク
エンデューロバイクは自然の地形を走破するための柔らかめのサスペンションを持ち、耐久性もある長距離競技向けバイク
トライアルバイクは岩場や急斜面を足をつかずに走破するテクニックを競う競技で軽量、低重心、低速トルクが特徴のバイクです。

公道用のオフロードバイクは先程紹介した競技用と比較し、保安基準を満たすためのナンバープレートやウインカーやテールランプ、ヘッドライトなどが装備されています。
環境性能や安全基準に適合するために同じような見た目ではありますが、重量がかなり重く、大きなジャンプに耐えるような性能も持ち合わせていません。
公道用のオフロードバイクのかでもジャンルを分けると軽量なトレールバイク(dualsportやdual purpose)と、アドベンチャーバイクに分かれます。

トレールバイクとは250cc以下の排気量が中心で、軽量かつ細身の車体が特徴です。
アドベンチャーバイクとは大きめのスクリーンを備え、大きめの排気量とガソリンタンクを持つ長距離ツーリング向けのバイクです。
今回紹介するバイク、テネレ700は公道用オフロードバイクのなかでは、アドベンチャーバイクとしてジャンル分けされるバイクです。
自衛隊が採用している偵察用オートバイのKLX250は軽量なトレールバイクのジャンルになり、ドイツ軍は自衛隊と比較すると大きいバイクを採用している点が特徴です。
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ドイツ軍内部ではテネレ700は「Krad Mittel GL」クラート・ミッテル・ゲーエルと呼ばれ、
「中型オフロード対応バイク」として分類されています。
BMWからヤマハに変更した理由
なぜドイツ軍はBMWの最新車種の導入をやめてヤマハに切り替えたのでしょうか?
ヤマハ テネレ700の選定に至った最大の要因は、前任機であるBMW F 850 GSの運用実績から得られた教訓、具体的には「重量」と「オフロード走破性」の欠如に対する現場からの痛切なフィードバックにあります。
BMW F 850 GSの軍用仕様は、転倒時に車体を保護するクラッシュバーなどのガード類、や通信機器など追加装備を積載を追加した状態だと、約280kgに達していたと報告されています。

不整地、泥濘地、あるいは砂地において、280kgの車体を単独で操縦し、転倒時に引き起こすことは、兵士の体力を著しく消耗させます。
バイクでのオフロード走行の経験がある方は、特に理解していだだけるかと思いますが、舗装された道路上かつ平坦地でバイクを引き起こすのと違い、オフロードでは斜面で転倒する場合も多く、踏ん張りがきかず非常に力が必要になります。

対照的に、ヤマハ テネレ700はベースモデルの車両重量が約204kgであり、BMW F850GSと比較してベース状態で既に25kg以上重量が軽いです。
装備を追加した状態でも、BMWと比較して大幅な軽量性を維持しており、これが選定の決定的要因となりました。
軽量な車体は、深い轍や急斜面、森林地帯での取り回しを容易にし、兵士の疲労を軽減します。これは、長時間の作戦行動における生存率に直結します。
他にも「アナログ」な信頼性を持つ点が評価されています。
電子制御サスペンションや複雑なライディングモードを多用するBMWに対し、テネレ700は必要最低限の電子装備(解除可能なABS等)に留めています。
戦場における整備性や、電子部品の故障リスクを考慮した場合、この「シンプルさ」は軍事的な強みとして評価されました 。
配備スケジュールは短期での戦力化
調達スケジュールに注目すると2025年2月に約30台をキュマースブルック自動車訓練センターへ引き渡し完了し、2025年3月には約140台を偵察隊や通信部隊など実践部隊へ配備。
その後2年間で軍警察などへ配備し、総数260台を配備予定となっています。
この迅速な配備スケジュールは、連邦軍が既存のBMWフリートの更新を急務と考えていたことを示唆しています。

BMW F850GSとヤマハ tenere700の違い
採用されたテネレ700は、民生用モデルをベースとしつつ、軍事作戦に耐えうる特定の改修が施されています。
信頼と実績のエンジン
テネレ 700の心臓部である689cc水冷並列2気筒エンジン(通称CP2エンジン)は、軍事運用においても特筆すべき特性を持っています。
不等間隔爆発をもたらす270度クランクシャフトは、路面へのトラクション伝達能力に優れています。

泥や砂、雪といった滑りやすい路面において、タイヤの空転を抑制し、確実な推進力を生み出します。これは、高回転高出力を指向するエンジンよりも、悪路走破性が求められる軍用バイクとして理想的な特性です。
CP2エンジンは世界市場でその耐久性が証明されています。
特筆すべきは、BMW F 850 GSのエンジンが中国のLoncin(ロンシン)社で製造されていたのに対し 、ヤマハのCP2エンジンは日本のヤマハ工場の品質管理下で製造され、車体の製造はフランスにあるヤマハ工場で生産されています。
欧州内のサプライチェーンで管理することができ、供給網の安全性(Supply Chain Security)の観点からもリスクが低いと判断された可能性があります。
リアホイールサイズの違い
BMW F 850 GSとテネレ700の決定的な違いの一つに、ホイールサイズがあります。
リアホイール径は BMW F 850 GSが17インチを採用していたのに対し、テネレ 700は18インチを採用しています 。
18インチホイールは、オフロードタイヤの標準的な大きさで、様々なメーカーがオフロードタイヤを開発しています。
連邦軍は多種多様なオフロードタイヤを選択可能になります。また、外径が大きいため、岩や倒木などの障害物を乗り越える走破性が物理的に向上します 。
軍用テネレ700の市販車との違い
軍に納入されるテネレ 700は、市販車そのままではなく、ドイツ連邦軍の要求仕様書に基づく様々な改修が施されています。これらの改修は、生存性、隠密性、そして積載能力を強化するものです。
灯火管制システム
現代の戦場において、夜間の光は即座に敵の標的となることを意味します。連邦軍仕様のテネレ700にはブラックアウト・スイッチが追加されています 。

エンジン稼働中に、ヘッドライト、テールランプ、計器類のバックライト、含む全ての灯火類をワンタッチで消灯可能です。
これにより、暗視装置を使用した隠密行動や、敵の観測下での移動が可能になります。
市販車では法規制により常時点灯が義務付けられているため、これは軍専用の回路変更となります。
ちなみに陸上自衛隊の4輪車両や偵察バイクにも灯火管制用のロータリースイッチというものが付いており、通常のライト類を消灯することができます。

重装備対応サスペンションとローダウン
特筆すべき変更点として、シート高とサスペンションの調整が挙げられます。市販のテネレ700はシート高875mmと高めですが、ドイツ連邦軍仕様では約820mmまでローダウンされているとの情報があります 。
兵士は防弾ベストや背嚢などの重装備を着用しており、重心が高くなりがちです。足つき性を良くすることで、不整地での停止時や極低速走行時の安定性を確保し、転倒や(立ちごけ)のリスクを最小限に抑える狙いがあります。また、サイドスタンドもローダウンに合わせて短縮加工、あるいは専用品が装着されています。

防護装備と積載システム
車両の耐久性を高めるため、以下のハードウェアが追加されています。
・クラッシュバー
エンジンおよびサイドカウルを保護するための強固な金属製ガードが取り付けられています。転倒時のダメージを最小限にし、任務続行を可能にします。
・パニアケースとタンクバッグ
通信機器、書類、個人の装備品を運搬するため、耐衝撃性の高いハードパニアケースと、地図やコンパスを収納するためのタンクリング装着式のタンクバッグが装備されています 。これらは、sw-motech等の欧州大手サプライヤーの製品(または同等品)が採用されている可能性が高く、堅牢性が担保されています。

・グリップヒーター
中央ヨーロッパの厳しい冬に対応するため、グリップヒーターが装備されています 。
軍警察に配備される車両には、さらに追加の装備が施されています。
交通統制や要人警護任務のため、青色警光灯やサイレン、無線機用の追加配線が施されています。

ヨーロッパにおけるテネレの生産拠点
ここでテネレ700の生産拠点について注目してみましょう。
テネレ700は日本ブランド、ヤマハの製品ですが、その生産はフランス北部のサン=カンタンにあるYamaha Motor Manufacturing Europe S.A.S. (YMME)で行われています。

テネレ700はヨーロッパでも人気の車種のため、日本では購入できないヨーロッパ限定モデルの生産なども行っています。
ドイツ連邦軍が日本メーカーの車両を採用することに対し、一部で「欧州経済への貢献がない」との批判があり得ますが、実際にはフランス国内で生産され、欧州のサプライチェーンを広く利用しています。これは、EU域内での防衛装備品調達の枠組みとも整合性が取れています。
BMW F850GSのエンジンが中国生産であったのに対し、テネレ700は車体組立がフランス、エンジン主要部品もヤマハのグローバル供給網(日本・欧州中心)に依存しているため、有事の際のサプライチェーン寸断リスク、特に中国への依存リスクを低減できるという安全保障上のメリットがあります。
現代戦で復活する伝令兵の役割
テネレ700の導入は、単なる機材更新ではなく、オートバイ伝令「Kradmelder」という役割の現代戦における再定義と連動しています。
2014年のクリミア危機以降、そして2022年のロシアによるウクライナ侵攻を経て、NATO軍は「通信の途絶」を現実的な脅威として認識しています。
サイバー攻撃や強力なジャミングにより、無線やデータリンクが使用不能になった際、物理的に命令書やデータスティック(USBメモリ等)を運搬できるオートバイ伝令は、指揮統制を維持する「最後の砦」となります 。

オートバイ伝令にはデジタル通信網がダウンした状況下で、A地点からB地点へ、敵の妨害を受けにくい森林や山岳地帯を突破して情報を伝達する任務が付与される可能性があります。
GPSジャミングを想定し、紙の地図とコンパスを用いた「オールドスクール」なランドナビゲーション訓練が重視されています 。テネレ700のタンクバッグはこの地図運用のために必須の装備です。
キュマースブルック自動車訓練センターでの教育
全てのオートバイ兵の教育は、バイエルン州キュマースブルックにある(自動車訓練センター)で集中的に行われています 。
カリキュラムは約6週間の基礎訓練において、兵士たちは不整地走行技術、戦術的機動、そして車両の応急修理技術を習得します。
操縦訓練教官の評価としては既に納入された30台を用いた訓練において、教官たちはテネレ700の軽量性とハンドリングを高く評価しており、従来のBMWで頻発していた転倒や疲労の問題が改善されると期待しています。
まとめ
ドイツ連邦軍によるヤマハ テネレ700の導入は、ブランドの国籍やカタログ上の最高出力よりも、「戦場で兵士が使いやすく、壊れにくく、軽い」というメリットを最優先した結果です。
280kgのBMWから約220kgのヤマハへの転換は、兵士の生存性と任務遂行能力を直接的に向上させます。
また、灯火管制システムやローダウン仕様などの緻密なカスタマイズは、連邦軍がオートバイ伝令の役割を「過去の遺物」ではなく、
「電子戦環境下における不可欠な通信手段」として再評価していることを明確に示しています。
フランス工場での生産という事実は、この調達が欧州の産業基盤の上に成り立っていることを裏付けており、兵站(ロジスティクス)の観点からも合理的な選択と言えます。
2025年から2027年にかけて配備される260台のテネレ700は、ドイツ連邦軍の陸上戦力において、小さくとも極めて強靭な神経網を構成することになるでしょう。
ドイツ軍のテネレについて調べていたら、かなりテネレが欲しくなってきたしまいました。
日本でも2025年型モデルからは電子制御スロットルや新しいカラーディスプレイ、USB-Cコネクタなど進化していて、魅力的です。
少し前に別の大型バイクに乗り換えたのですが、次はテネレにしようかな。



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