日本の夏は年々過酷になり、最高気温が40度を超える地域も珍しくありません。
陸上自衛隊では、そんな真夏の6月〜9月が訓練の最盛期となり山の中での訓練が集中します。
自衛隊は有事に対応するため炎天下や悪天候など、あらゆる状況において行動できる能力が求められます。
しかし、いくら任務とはいえ人間として暑さの限界を感じる瞬間はあります。
この記事では、私が陸上自衛官として過ごした日々の中で「これはヤバかった…」
と思った夏の暑さの体験談をご紹介します。
部屋が暑い(エアコンなし生活)
陸上自衛隊では、若手の士や曹といった階級で独身の自衛官は、駐屯地内の寮で集団生活を送ります。
この寮生活を「営内生活」と呼び、建物は「営内隊舎」、そして駐屯地に住む隊員は「営内者」と呼ばれます。
他の公務員や民間企業の独身寮との大きな違いは、一人一部屋ではなく複数人での相部屋が基本という点です。(個室化する施策が進んでいる情報がありますが、実情は分かりません..)
私の所属していた部隊では、一番少ない時でも5人以上が同じ部屋で生活していました。

夏の営内はエアコン稼働時間が限られる
夏の営内生活で最も辛かったのは、部屋にエアコンがなかったことです。
正確にはセントラル制御式の冷暖房はありましたが、稼働時間は課業開始の8:15から夜20:00ごろまで。
このあいだは、ほぼ部屋に戻ることはありません。
設定はこちらで変更できるものではなく、おそらくボイラー施設などの燃料や予算の関係によって、駐屯地で決められているのだと思います。
課業が終わって、食事・駆け足や筋トレなどの体力トレーニング、風呂・洗濯・翌日の準備を終え、やっと部屋で休もうとするときには冷房が止まっていました。
私がいた営内隊舎は築年数が古く、おそらく断熱性能はほぼゼロ。
夏の晴れた日には屋上がホットカーペットのように熱を持ち、消灯前になっても熱気がこもったまま。
冷房が止まると部屋の温度はすぐに上昇し、消灯時でも室温30度超えは当たり前でした。
暑さ対策は“扇風機”
寝る時は半袖、半パン、中にはパンイチで寝ている人もいました。
多くの隊員は一人一台、小型扇風機やサーキュレータを買って、RVボックスやベッドの棚に置いて体に直撃させて寝るのが定番でした。
風邪を引きそうとか思われそうですが、風を直接当てないと眠れないほどの暑さでした。

最近は改善傾向も
部屋が暑いぐらいで文句言ってたら、有事の際はもっと厳しいから耐えられんぞ!
みたいな根性論も聞こえてきそうですが、(実際にそう言う幹部の方もいました。)
なんでもかんでも厳しくキツイ訓練であれば強くなれるものでも無いと思います。
体力的には厳しいトレーニングと休養や栄養のバランスが重要だという事は、今では科学的にも証明され、一般的に知られている内容だと思います。
生活環境の改善は、体が資本である自衛隊にとっては、生産性向上の投資であると個人的に思います。
新しい隊舎が建設された場合など、一部の部隊では、新しい断熱基準の建物や冷暖房設備の整備が進んでいると思うので、こうした状況は減っているかもしれません。
また、防衛費の増額に伴い、防衛省は生活隊舎へのエアコン設置を大々的に打ち出しており、この問題は今後さらに解消されている可能性があります。
(もっと早くやってくれよな…)

服が暑い(長袖迷彩服とブーツ)
陸上自衛官が着ている、特徴的な緑色の迷彩パターンの服は「迷彩服」や「戦闘服」と呼ばれます。
意外かもしれませんが、この迷彩服には夏用というものが存在しません。

戦車部隊や空挺部隊、水陸機動団など、特殊な環境で活動する部隊専用の服装はありますが、基本的には一年を通して同じ生地・厚さのものを使用します。
屋外での使用を前提にしているため、丈夫さに加え、耐熱加工や赤外線暗視装置での発見率を下げるIR加工が施されています。
さらに足元は半長靴と呼ばれるブーツを着用します。
真夏でも長袖・長ズボンにブーツという服装なので、外に立っているだけで汗が噴き出します。
この服装が基本のため、一般の方に比べれば暑さへの耐性が高い自衛官は多いと思います。
暑さ対策
対策としては、迷彩服の袖を綺麗にまくってを半袖にしたり、吸汗速乾性の高いインナーを着用する方法があります。

私自身は、半袖にすると日焼けで疲労感が増すうえ、腕がパツパツになって窮屈に感じるため、統制された時以外は、腕まくりはしませんでした。
駐屯地内での整備など、危険性の低い作業のときは、脱衣許可を取り、Tシャツで作業することも多かったです。
夏用戦闘服の必要性
調べてみると、イラク派遣の頃から海外派遣用に「防暑服」という、暑い地域向けの戦闘服があるそうです。
現在ではジブチなどへの海外派遣部隊に支給されているものだと思います。
ただ、私は実物を見たことも触ったこともありません。
もし軽量化や通気性が向上しているのであれば、国内でも防暑服のような夏用戦闘服を導入してもいいんじゃないかと個人的には思います。

かつて、陸曹候補生試験の面接試験で「装備面での改善案はあるか?」と聞かれた際、この防暑服の導入について提案したことがあります。
補給や兵站を統括する4科長からは一蹴されましたが、特殊な部隊での経験のある別の幹部の方は、私の意見に対して、黙って大きくうなずいていたのが印象的でした。
新制服よりも、こういった暑さ対策に予算が回れば、現場の隊員のモチベは上がったんじゃないでしょうか?
車両が暑い(夏の渋滞は地獄)
演習や訓練で使用する陸上自衛隊の車両や装甲車、一部にはエアコンが装備されている車種もありますが、ほとんどの車両には冷房がありません。
私が所属していた普通科部隊でメインに使用していた高機動車には暖房はあるものの、冷房はなし。
仮に冷房が付いていたとしても、幌(ほろ)で覆われた車両では効果はほとんど期待できないと思います。

窓全開が唯一の対策
真夏でも長袖・長ズボンの迷彩服着用が基本で、そこに空調なしの車内。
できる対策といえば窓を全開にすることくらいです。トラックの荷台に乗る場合、後ろの幌を開けていることが多いのも、この暑さ対策のためです。
運転席や助手席にいるときは、迷彩服の袖を2回ぐらいまくり上げ、
窓から入る風を袖口から送り込んでいました。
休憩中には、エアコンが付いているパジェロの方へ行き、席が空いていれば
「入れてくださいっ!」とお願いして少しの間、涼むこともありました。

渋滞はまさに地獄
高速道路や車が流れているときはまだマシですが、渋滞にハマると一気に地獄です。
バイクに乗る方ならわかるかもしれませんが、夏の渋滞の熱気は本当に厳しいもの。
駐屯地に帰るときならまだ気が楽ですが、これから1週間の山での訓練が待っているときなどは、
訓練開始前から体力を削られている感覚があり、精神的にもきつかったです。
夏に自衛隊車両を見かけて、もし窓が全開になっていたら、それはエアコンがない車両で、大変な環境の中を移動している証拠だと思ってもらって構いません。
歩いているだけが一番暑い(夜中でも熱中症)
陸上自衛隊の数日間にわたる訓練では、初めに徒歩行進訓練(行軍)を行うことが多くあります。
これは、車両を使わずに部隊を作戦地域へ展開できる能力を確認するための訓練です。

基本的に夕方頃に出発し、夜間の暗い中を歩き続け、翌朝に目的地へ到着する流れが基本でした。
距離はおおむね45キロ前後を歩くことが多かったです。到着後はそのまま数日間の訓練が続くため、行軍はあくまで訓練の序盤にすぎません。
熱中症になりやすい最大の理由
この行軍は、私が経験した中で最も熱中症になりやすい訓練だと思います。
私は比較的、行軍に強い方でしたが、それでもヤバいと思う事もありましたし、実際に体力に自信がある方でも、体調によっては倒れる隊員を何度も目にしました。
装備は、防弾チョッキ以外の基本装備に加え、人によっては通信機や対戦車火器を担ぎます。
さらに背嚢(リュック)には水や着替えなどの必需品を詰め込むため、全装備はかなりの重量になります。
しかし本当にきついのは荷物の重さではなく、暑さです。
迷彩服の上に装備を重ねることで体温がこもり、熱が逃げにくくなります。行軍は演習場内の山道で行うことも多く、アップダウンの激しい道を進むため体力の消耗が激しくなります。
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天候による違い
行軍はほとんどが夜間に行われるため、「涼しいのでは?」と思うかもしれません。
しかし、天候によって体感は大きく変わります。
- 晴れの日
乾燥して汗が乾きやすく、放射冷却で朝方は涼しくなるため比較的楽。 - 曇りや小雨の日
湿度が高く、汗が蒸発しにくくなるため体温調節が難しく、晴れの日より体力的に厳しい。
私が経験した中で最もきつかった行軍も、この曇り・小雨の条件でした。
このときは熱中症で動けなくなった隊員を衛生小隊の救急車まで運びましたが、
すでに車内は熱中症になり、嘔吐や痙攣している隊員でいっぱいで、自分も処置を手伝うなど、
少し恐怖を感じる光景でした。

なぜ倒れるまで我慢するのか
一般の方からすると「体調が悪ければやめればいい」と思うかもしれません。
しかし、自衛官に求められているのは「どんな状況でも任務を遂行すること」です。
そのため現場では、体調よりも任務を優先し、「もう限界」と思っても一歩でも先に進もうとします。
結果として、自分の体力をギリギリまで削り、気合で乗り切るのか、それとも倒れて動けなくなるのか、その境目は本当に紙一重です。
もちろん全員が無理をするわけではありませんが、任務優先という考え方が強いため、どうしても「ギリギリまで我慢してしまう人」が多くなるのが現実だと思います。
まとめ
ここまで、私が自衛官時代に経験した「夏の暑さで特にきつかった瞬間」をご紹介してきました。
年々暑さが厳しくなる中、個々の身体能力に頼る場面の多い陸自部隊では、同じような経験をした方も多いのではないでしょうか。
私としては、普通科以外の職種や、海上自衛隊・航空自衛隊ならではの夏の厳しさについても、ぜひ聞いてみたいところです。
自衛隊というと戦闘機や艦艇、装甲車などの正面装備ばかりが注目されがちですが、個人装備の改善も重要だと思います。
特に、暑さ対策や装備の軽量化が、これからさらに進むことを強く願っています。
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