現代の戦場においてはドローンの活用が広がっています。
かつては各国の正規軍が使用する大型の無人攻撃機や偵察機が主流でしたが、現在では撮影用などの民生品ドローンを流用した運用が広がっています。

そんな中コロンビアでは国家警察のヘリコプター、ブラックホークが武装組織のドローンの攻撃により撃墜されるという事件が起こりました。
ウクライナでの戦場だけでなく、世界中でドローン攻撃の事例が発生しています。
事件の経緯
2025年8月21日コロンビア北西部アンティオキア県アマルフィの農村地帯で、コロンビア国家警察のUH-60ブラックホークヘリコプターが武装勢力の攻撃によって墜落しました。

この国家警察のブラックホークは、麻薬のコカインの原料となる、違法コカ作物の除去作戦を支援するため現場に展開しており、地上部隊の人員輸送や警護任務にあたっていました。

この日の午前中、まず作戦地域の地上警官隊が武装勢力からの待ち伏せ攻撃を受け、即席爆発装置ーIEDの攻撃が仕掛けられました。
そのため本ヘリを含む2機のブラックホークが現場に急行し、負傷者の救出と地上部隊の撤収を試みました。
しかしヘリが降下して兵員を収容しようとした矢先、武装勢力が操る爆薬搭載ドローンが接近しヘリに命中、直後に爆発が発生します。爆発によりヘリは制御不能となって山中に墜落・炎上しました。
攻撃の詳細
この事件で武装勢力が用いたのは、FPV、一人称視点ドローンと呼ばれる遠隔操縦式の小型無人機に、爆発物を搭載した即席爆弾ドローンでした。

ヘリはホバリングしつつ高度を下げ人員の収容を行っていましたが、その隙を狙いドローンが後部テールローター(尾部回転翼)に命中し爆発を起こしたと伝えられています。
この直撃でヘリは激しく損傷し、空中で制御を失って墜落に至ったとみられます。
攻撃発生当時、周囲にいた別の警察ヘリが上空から攻撃の様子をビデオ撮影しており、映像には爆発音とともに黒煙が立ち上る様子が捉えられていました。
一方で攻撃ドローン自体の姿は映像上では確認できません。
また、犯行側は攻撃直後の墜落現場を別角度から撮影した映像も公開しており、自ら「FPVドローンでヘリを正確に撃墜した」と声明を出したと報じられています。
被害状況
この攻撃により、ヘリに搭乗していた警察官13名が犠牲となりました。
あわせて16名の特殊部隊隊員などが搭乗していたとされ、その大半が現場で死亡し生存者は3名のみでした。
警察特殊作戦部隊の将校・下士官・巡査らが殉職し、その氏名リストが地元メディアによって公表されました。
さらに本作戦に参加していた警察の爆発物探知犬2頭(テルモとレスター)も墜落に巻き込まれて死亡しています。

現場は山岳地帯である上、攻撃後もしばらく武装勢力との交戦が続いたため救助活動は難航し、負傷者の救出や殉職者の遺体収容にも時間を要しました。
関係機関の反応
事件後コロンビア政府および関係当局は強い非難声明を出しました。
グスタボ・ペトロ大統領は事件当日、「アンティオキア州アマルフィで起きた国家警察ヘリ撃墜により警察官8名が死亡、8名負傷という痛ましい報告があった」と自身のXアカウントで明かし、本攻撃の実行者は2016年の和平合意に背いたFARCの残党勢力で、特に第36戦線と呼ばれるグループの仕業だと言及しました。
ペトロ大統領は当初、この襲撃は麻薬カルテル「ガルフ・クラン」による報復テロの可能性が高いと述べていましたが、後に得られた情報を踏まえFARC残党の犯行と断定しています。
ペトロ政権は和平交渉路を掲げFARC残党とも対話を模索してきましたが、本件を受け大統領は「ガルフ・クランおよび武装残党を国際的にテロ組織として認定し、地球上どこにいても追跡するよう要請する」と表明し、姿勢を硬化させました。
ペドロ・サンチェス国防相は事件直後、「卑劣なテロに屈することなく、国家の全能力を結集して犯人を逮捕し法の裁きにかける」と述べています。
国家警察のカルロス・トリアーナ長官も「本テロ行為を断固糾弾する。殉職者への哀悼の意を表するとともに、直ちに追加部隊を現地に派遣し、残党勢力の摘発作戦を強化する」と宣言しています。
実際に事件発生を受け、政府は現地への増援と捜索救難活動を発令し、コロンビア航空宇宙軍の攻撃ヘリ「AH60Lアルピア」2機およびクフィル戦闘機1機が上空援護に投入されたほか、陸軍第7師団も火砲など重装備部隊を派遣し周辺の武装勢力掃討にあたりました。


なお、同日にはコロンビア南西部カリ市でも空軍基地付近で車両爆弾テロが発生し市民や兵士ら6名が死亡・70名以上が負傷する事件が起きており、当局はこれもFARC残党による同日の連続テロとみて捜査しています。
カリで逮捕された爆弾犯の容疑者はFARC残党連合「中央高隊(EMC)」の一員で麻薬組織と結託していたことが判明しており、政府は首都ボゴタを含めた全国でテロ警戒レベルを引き上げました。
事件の背景
本事件は、コロンビアにおける武装勢力残党と麻薬カルテルの複雑な情勢を背景に起きました。
2016年のコロンビア政府とFARC(コロンビア革命軍)本体との和平合意締結後、一部の強硬派ゲリラは武装闘争の継続を宣言して離脱し、「FARC残党(ディシデンシアス)」として各地で活動を続けています。
攻撃の主犯である「FARC-第36戦線」は、和平に応じなかった残党勢力の一つで、コロンビア北西部で武装活動・麻薬取引に関与しているグループです。
一方、この一帯はコロンビア最大級の麻薬密売組織“ガルフ・クラン”の勢力圏でもあり、FARC残党とガルフ・クランが同地域の麻薬利権や治安支配権を巡って抗争してきた経緯があります。
政府当局者が当初犯行主体の特定に混乱を見せたのは、この地域に複数の武装違法組織が入り乱れて活動しているためです。
実際にはFARC残党とガルフ・クランはいずれも当地域でドローンなど新手段を含む攻撃を仕掛けており、場合によっては互いに連携して治安部隊を襲撃する例も指摘されています。
また、本事件はコカの栽培・撲滅問題とも深く関わっています。アンティオキア県北東部アマルフィ周辺は違法なコカ栽培の温床となっている地域であり、国連の監視データによれば当該自治体には2022年末時点で少なくとも110ヘクタールのコカ農園が存在していました。
ペトロ政権は農民支援と並行して麻薬撲滅作戦を継続中ですが、2023年時点でコカ栽培面積はコロンビア全体で過去最大の約25万3千ヘクタールに達しており問題は深刻化しています。
警察の対麻薬部隊はヘリによる農園地域への部隊投入と撤収を日常的に行っていますが、今回はそうした「違法作物撲滅作戦への報復」として巧妙に計画された待ち伏せ攻撃に遭ったものとみられます。
治安専門家らは、麻薬ビジネスを資金源とする武装組織が豊富な資金力で新兵器を調達し、政府の摘発に対抗するゲリラ戦術の高度化が進んでいると警鐘を鳴らしています。
技術的・戦術的背景
今回のヘリ撃墜は、小型ドローンを攻撃に転用する新戦術がもたらした典型例といえます。
本件は無人ドローンによってヘリコプターが撃墜された西半球初の事例とも報じられ、ヘリの脆弱性が浮き彫りになりました。この手法は、もともとウクライナ軍がロシア軍ヘリを攻撃する中で開発されたものです。
例えば2023年以降、ウクライナ側はFPVドローンを用いてロシア軍のMi-8輸送ヘリやKa-52攻撃ヘリを撃墜したとされ、映像も拡散しました。
この戦術は中東やアジアの紛争地にも広がり、2025年5月にはミャンマーで反政府勢力が小型ドローンを使い国軍のMi-17ヘリを撃墜し搭乗者全員を死亡させた例も報告されています。
コロンビアの武装組織もこうしたドローン兵器の急速な拡散を注視しており、近年ではゲリラや麻薬カルテルが民生用ドローンを改造して爆発物投下や自爆攻撃に使う事例が相次いでいました。ただしヘリを直接撃墜するまでの威力を見せたのは今回が初めてであり、治安当局にとって大きな脅威となっています。
従来、非正規勢力が空中のヘリコプターを撃墜するには赤外線誘導の携行式地対空ミサイル(MANPADS)や対戦車ミサイルなど高価で専門知識を要する武器が必要でした。

しかし安価で市販も容易なFPVドローンに爆薬を積めば、同様の効果をはるかに低コストかつ密かに実現できてしまうのです。
特にヘリは着陸・離陸時やホバリング中など低速・低高度で活動する局面が多く、狙われやすいという弱点があります。
今回のケースでも、まさにヘリが兵員収容のため低空に留まっていた一瞬を突かれています。軍事専門家は「ヘリのドローン攻撃に対する脆弱性は世界的な問題」と指摘しており、実際に韓国では無人機脅威の増大を理由にアパッチ攻撃ヘリ増備計画を中止した一方、ポーランドは最新ヘリを大量購入するなど各国で対応が割れている状況です。
いずれにせよ、ドローン対策の追及とヘリ運用戦術の再考が各国軍・治安機関の課題となりつつあります。コロンビア当局も今回の事件を受け、軍・警察航空戦力に対する対ドローン防御策の強化を検討していると表明しました。
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