日本の領海を守り、海上災害や密輸対応にもあたる海上保安庁。任務は年々重くなる一方で、いま深刻な「人材不足」に直面しています。採用試験倍率は7.3倍から4.2倍へ低下、自己都合退職者は年252人から389人へ増加し、年度末実員が初めて前年比で減少する事態となりました。
この記事では、海上保安庁の志願者減少・離職者増加の実態、背景にある労働環境・社会環境・待遇の課題、採用改革と働き方改革、そして今後の提言までを整理します。

結論:「採用難+離職増」のダブルパンチに直面
- 採用倍率は7.3倍(2017)→ 4.2倍(2024)まで低下、過去最低水準
- 自己都合退職者は 252人(2019)→ 389人(2024)に増加
- 2024年度、年度末実員が初めて前年比で減少
- 背景は労働環境(全国転勤・長期船上勤務)/社会環境(共働き世帯)/待遇
- 海保は身長・体重制限撤廃、海自OB採用、働き方改革など多面的に対応中
海上保安庁の志願者減少の実態
海上保安庁では近年、採用試験への応募者数が減少傾向にあり、競争倍率の低下が目立っています。
| 年度 | 応募者数 | 採用者数 | 倍率 |
|---|---|---|---|
| 2017年度(ピーク) | 約3,909人 | 約532人 | 7.3倍 |
| 2024年度 | 2,064人 | 494人 | 4.2倍 |

幹部職員を養成する海上保安大学校でも、2023年度採用試験で採用予定60名に対し志望者364名、実質倍率は2.7倍にまで低下(前年3.8倍から大幅低下)。一般職員養成の海上保安学校も2021年度3.9倍→2024年度2.7倍と、応募者減少に歯止めがかかっていません。

在職者の離職増加:3年で1.5倍に
一方、在職中職員の離職も増加傾向にあり、人員確保をさらに困難にしています。
- 2019年頃:自己都合退職者 年間252人
- 2023年:386人に増加
- 2024年度:389人、年度末実員が初めて前年比で減少
- 特に20〜30代の若手職員の離職が目立つ
離職の3つの要因
① 労働環境の厳しさ
海上保安官は離島や全国各地への転勤が多く、巡視船艇での海上勤務は10日間以上連続に及ぶこともあり、長期間家族と離れる必要があります。
さらに、実員が定員を下回る人手不足が現場の負担を重くしています。乗員30〜50人規模の大型巡視船では欠員率が12%にも達し、残った乗組員が兼務で業務を回す状況。過重勤務が離職を招く悪循環も懸念されます。
② 社会環境の変化(共働き・転勤回避)
共働き世帯の増加に伴い、転居を伴う異動を敬遠する傾向が若い世代で強まっています。全国転勤が避けられない海上保安庁や航空管制官などは、共働き家庭から敬遠されやすい職種となっています。

民間企業ではテレワーク普及や地域採用の増加で転勤負担が軽減されつつあり、「優秀な人材がより良い条件の職場へ流出してしまうのは当然」との指摘もあります。
③ 待遇面の相対的魅力低下
海上保安官の給与は公安職俸給表(二)が適用され、平均年収は約600〜700万円程度と推定されます。危険手当や宿泊手当など各種手当も支給されます。
ただし昨今は民間企業の賃上げ・待遇改善が活発で、公務員の安定給与より魅力的な収入・キャリアを提示する企業が増加。長時間労働や特殊勤務に対する手当が、若年層にとって必ずしも高待遇とは映らない可能性があります。
海上保安庁の対応:採用改革と働き方改革
定員拡充と募集枠拡大
- 2010年代以降、尖閣警備強化などで毎年定員増。令和5年度に定員約1万5千人で過去最多
- 海上保安学校の募集枠:400人 → 600人へ拡大
- 海上保安大学校も 45人 → 60人程度に増員

大卒向け「初任科課程」の新設(2020年度〜)
2020年度からは大学卒業者対象の「初任科課程」が新設されました。1年間の集中教育で幹部候補生を育成するコースで、高卒だけでなく大卒も海上保安官を目指しやすくなりました。

2025年度 身長・体重制限の撤廃
2025年度の試験からは身長・体重制限が撤廃されます。以前は男性157cm以上、女性150cm以上などの制限がありましたが、今後は身長や体格に関係なく受験可能に。女性や小柄な志願者にもチャンスが広がります。

試験科目も見直され、海洋科学課程では一次試験から物理が除外されるなど、理系科目が苦手な受験生にも配慮しています。

業務改善委員会と生活環境の改善
2024年8月、海上保安庁内に「業務改善委員会」が設置されました。長時間船上勤務や交代要員不足に対し、現場の声を反映しながら改革を進めています。
- 航海中でも家族と連絡できる船内インターネット整備
- 居住区のプライバシー確保、食事・休息環境の改善
- 交替勤務の見直し、陸上勤務とのローテーション改善
- 一部でテレワーク・オンライン研修も導入
海上自衛隊OBの採用制度(2023年〜)
特に注目されているのが海上自衛隊OBの採用制度です。2023年から始まったこの制度では、海自定年退職者を大型巡視船の航海士・機関士として採用しています。
- 海上保安庁の定年は65歳、海自退職者は10年前後の新たな選択肢
- 海自で培った船舶運用経験を活かせる双方メリット
- 2023年度に元海自隊員2名採用、年度内15名確保を目指す
- 今後は航海・機関・通信・主計・砲術など職種を拡大
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他職種との人材獲得競争
海上保安庁は他の公的機関や民間企業との厳しい人材獲得競争に直面しています。
公安系公務員との比較(勤務地問題)
海上保安庁が特に苦戦している理由の一つが勤務地と異動の問題です。警察官や消防官は基本的に都道府県・市町村の地域限定勤務ですが、海上保安官(特に幹部候補・本庁採用)は全国転勤が基本です。
共働き世帯が増え、配偶者の仕事や子どもの教育環境を考える人が多くなった現代では、全国転勤のある職業は不人気になりやすく、海保にとって大きなハンディキャップとなっています。
民間企業との待遇競争
海上保安官の給与は警察官・消防士よりやや高い水準で、住居手当・扶養手当など国家公務員共通の福利厚生、海上勤務手当・危険手当・特殊勤務手当もあります。しかし近年は民間の初任給・ボーナスも上昇し、待遇面で圧倒的に有利とは言えなくなっています。
特に理工系人材や、航海士・機関士など海技資格を持つ人材は民間海運会社・造船・商社でも引く手あまた。公務員を上回る報酬を提示する企業もあります。
働き方の柔軟性の差
リモートワークの普及で場所に縛られない働き方が一般化しつつあり、転勤しても単身赴任ではなく在宅勤務で対応できる企業も増えています。「国家を守る誇り」や「公務員の安定性」だけでは人が集まりにくい時代になっています。
今後の人材確保への提言
① 働き方の柔軟化
- テレワーク・時差勤務制度の導入(陸上部門から)
- 子育て・介護中の職員向けの転勤猶予制度・地域限定採用拡大
- 家庭事情に合わせた働き方で離職防止
② 長期勤務へのインセンティブ
- 昇進・昇給の見通しを明確化、中堅層にもキャリア将来像を示す
- 僻地勤務・危険任務への特別手当拡充
- 住居支援など経済的インセンティブ強化
③ 職場環境(特に巡視船)の改善
- 船内のプライバシー・インターネット環境・レクリエーション設備
- 女性職員の更衣室・浴場設備、ハラスメント防止
- 研修・訓練施設の増設(プール過密解消など)
④ 人材育成と広報強化
- 海上保安大学校・学校の定員増に見合う教育リソース確保
- 指導教官の増員、訓練カリキュラム充実
- SNS・テレビでの情報発信、職場見学会、学校教育での職業紹介
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まとめ
- 海上保安庁は採用倍率の低下(7.3倍→4.2倍)と離職増加(252人→389人)のダブルパンチ
- 背景は全国転勤・長期船上勤務・共働き世帯の増加・民間との待遇競争
- 対応として定員拡充・大卒初任科新設・身長体重制限撤廃・海自OB採用など多面的に対応
- 今後は働き方の柔軟化・長期勤務インセンティブ・職場環境・人材育成の4方向で改革が必要
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